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目黒「九条の会」ネットワーク |
目黒「九条の会」ネットワークは、2007年6月6日(水)、「講演の夕べ」を開催しました。 講師は、国際問題研究者の松竹伸幸さん。 講演の要旨を紹介します。 「国民投票法」が成立しました。この法案は憲法を変えるためのものだから、私たちはこれに反対して運動してきました。法律の成立は残念ですが、力を落とすことはありません。この時期、世論調査でも「憲法第九条はだいじだ」、「憲法第九条を守らなければ」という声が広がっていることが示されています。私たちの訴えが多くの人の心に響いています。きょう韓国からおいでの方も多数いらっしゃいますが、日本国民がこの憲法を守るかどうか、世界中が注目しています。これから運動を強めていけば、国民多数の力を結集し、この憲法を守りぬくことができると、私は確信しています。 きょうは、「集団的自衛権」の問題についてお話しするわけですが、いま「憲法第九条を守る」ということが、「集団的自衛権」の問題そのものだということをまず言わなければなりません。いまから7年前、2000年秋に、アメリカの国務副長官だったアーミテージさんという人が中心になってまとめた「アーミテージ報告」と呼ばれる報告書に、「日本が集団的自衛権を禁止していることが日米同盟の制約になっている」ということが書かれ、「その制約を取り払うこと」が求められました。それを受けて、翌年春の自民党総裁選挙に立候補した小泉純一郎さんが、これまで述べてきた意見を変えて、「集団的自衛権」を行使できるように憲法第九条を変えると公約しました。このとき当選して首相になり、その就任の記者会見でも、この公約を繰り返しました。これが、「憲法第九条を変える」というこのたびの改憲の動きの発端です。だから、「集団的自衛権」の問題を理解することが、「第九条を守る」運動を進めるためにも必要なのです。 安倍首相は、5月18日に、「有識者会議」、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の初会合に、(「いまの憲法のもとで集団的自衛権の行使はできない」という政府見解を変更して)「いまの憲法のもとで集団的自衛権行使がどこまでできるか」検討することを4つの事例を示して求めました。もともと「集団的自衛権」を主張していた人たちを集めた懇談会ですから、五、六回開いて、秋ごろに出す結論が「日米同盟強化の観点から、集団的自衛権の政府見解を見直す」というものになることは明らかです。4つの事例の第1は、「公海上での米艦船への攻撃に対する自衛隊の反撃」、第2は「米国への弾道ミサイルに対する迎撃」です。どちらの例も、「アメリカの船や国土がどこかの国から攻撃されるとき」に「日本の自衛隊が武力行使する」のですから、「日本を防衛する」のではありません。「日本を防衛する」のは「個別的自衛権」の行使です。「集団的自衛権」は、「同盟国(アメリカ)を守る」ための武力の行使です。アメリカが戦争をしているとき、アメリカのミサイルが飛んでいくのは黙って見ているのですが、アメリカにミサイルが飛んでくれば、これを迎え撃つことで、日本が戦争に参加する、これが「集団的自衛権」の行使です。ミサイルを撃ち落とすのは技術的にもなかなかむずかしく、百発百中とはいきません。強盗が私にピストルを撃ったとき、私がピストルを発射して、飛んでくる弾丸に空中で命中させて、撃ち落とすようなものです。それでも、発射直後なら比較的に命中率が高いそうで、相手国の領海に近づいて発射を準備し、相手国の発射の瞬間に迎撃するのだそうです。(第3、第4の事例は、国連平和維持軍[PKO]に参加して武力行使することなどですから、海外で戦うことではありますが、「集団的自衛権」の行使とは種類がちがいます。) 日米安保条約の前文に「両国が国際連合憲章に定める個別的または集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し」この条約を定めるとあり、第5条に「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危くするものであることを認め、……共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とあります。日米安保条約は、個別的および集団的自衛権の行使のための条約だといえます。ただし、地域が「日本国の施政の下にある地域」に限定されていて、アメリカ本土も全世界も対象になっていません。また、日本国憲法の「制約」によって、日本の集団的自衛権行使はできません。これがこれまでの政府見解です。しかし、アメリカは、それでは間尺に合わないと考えて、その制約を取り払うよう求めてきました。それにこたえて、憲法の解釈を変えて集団的自衛権行使に踏み出すこと、憲法を変えて思うままに集団的自衛権の行使ができるようにすること、このふたつをめざした動きが進められているのです。 集団的自衛権ということばは、国連憲章第51条に出てくることばです。国連憲章は「国際的な争いを戦争によって解決してはいけない」、「武力行使をしてはいけない」という原則を打ち出しましたが、例外として、「侵略が行われ、国連がそれを抑えるのに必要な措置を取れないでいるあいだに限って」、「侵略から自分の国を守ってよい」、「侵略された同盟国を助けてよい」、そのために「武力行使をしてよい」としています。条文を引用しましょう。「第51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」否定しづらい規定です。それで、小泉さんも、安倍さんも、日本を、国連憲章で規定されたこの権利の行使できる国にしようと主張してきました。 しかし、現実の世界で「集団的自衛権の行使」とされている事例を具体的に研究してみると、この規定が実際にはどんな役割を果たしてきたか、日本が「集団的自衛権の行使」に踏み込むとどういうことになるかが見えてきます。 「集団的自衛権の行使だ」と「行使した国」が説明している事例をあげるよう、国会で質問されて、外務大臣が3つの事例をあげたことがあります。2001年5月、参議院予算委員会、答弁者は田中真紀子外相。「アメリカのベトナム戦争、1968年ソ連のチェコスロバキアでの軍事行動、1979年ソ連のアフガニスタンでの軍事行動。」 私は、この年、国会図書館に通って、その他の事例がないか、調べました。5例ありました。1954年のハンガリー動乱に対するソ連の軍事介入。1980年代のアメリカによるニカラグア侵攻。同じ頃のアメリカによるグレナダ侵攻。このほか、イギリスによる中東への軍事介入が2回あります。ほかにもあるかも知れませんが、このとき私が確認したのはこの8例です。 どれも「その国に対して武力攻撃が発生したばあい」ではなく、「自分の勢力圏の国に自分に友好的でない政府ができそうなときに、その国が自分の勢力圏にとどまるよう、大規模な軍隊を派遣して行う軍事介入」です。「集団的自衛権の行使」とされる数少ない事例のすべてが、超大国による不当な軍事介入の口実である……これが現実です。 国連憲章の「集団的自衛権」の規定は、制定時、アメリカとソ連が、自分の勢力圏に自分の思うとおりにならない動きが起こったときに軍事介入するための足がかりをつくる目的で書き込んだ文言だと見てまちがいないでしょう。超大国の侵略を正当化するための規定だといってもいいと思います。 戦後の軍事同盟の条約は、北大西洋のも、アメリカ大陸のも、中央アジアのも、昔あった東南アジアのも、みんな国連憲章の集団的自衛権の規定を引用して締結されたものです。だから、北大西洋でいえば、アメリカが攻撃されても、イギリスやフランスやドイツが攻撃されても、共通の危険として受け止め、共同して軍事行動を起こすことになっています。ところが、日米安保条約には、ふたつ、ちがうところがあります。ひとつは、アメリカ本土が攻撃されても、日本はそれを共通の危険と受け止めて軍事行動を起こすことはしない。憲法第九条があるから、それはできない。(日本が攻撃されたら、日本は個別的自衛権を、アメリカは集団的自衛権を行使することになる。)これが第5条です。もうひとつは、米軍が「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」、「日本国において施設及び区域を使用することが許される。」つまり、米軍の、日本の防衛とはいえない軍事行動に日本の基地を使ってよい。これが、第6条です。この「極東」の範囲が、最初は朝鮮半島、台湾、フィリピンなどを考えていたのでしょうが、ベトナム戦争になると、ベトナムも極東に入るかどうかということになる。「極東の周辺の安全も必要」ということになって、べトナムへの出撃基地にされました。いまでは、「日米同盟はだいじだから」という理由で、アフガニスタンにも、イラクにも出ていく。行動範囲が世界中に広がりました。 自衛隊の行動範囲もどんどん拡大し、役割も米軍への「便宜供与」から「後方支援」に変わり、今ではインド洋で給油したり、イラクの戦場へ米軍の兵士・武器・弾薬を運び込んだりするところまで来ました。しかし、機関銃やミサイルを発射して、人々を殺戮することはしていません。憲法第九条による集団的自衛権の縛りがあるからです。 アメリカと軍事同盟を結んでいたアジアの諸国は、フィリピンも、タイも、韓国も、ベトナム戦争で兵士をベトナムに送り、その兵士は銃口をベトナムの人々に向け、戦死者も出しました。耐えられない思いだったと思います。その経験から、1976年には、軍事同盟の東南アジア条約機構は廃止され、東南アジア友好協力機構が発足しました。アジアの国々の大勢は平和を求める流れをかたちづくるようになりました。アメリカのニカラグア侵攻、グレナダ侵攻の際にも、アメリカ大陸の多くの国から兵士が戦場に送られました。その経験をもとに、1989年のアメリカのパナマ介入の際には、米州機構の総会でアメリカのパナマ侵攻を批判する決議が採択され、参加者はみんな立ち上がって涙を流しながら拍手したそうです。私はその様子を取材に行った記者から聞きました。アメリカ大陸に、アメリカのいいなりにならない国が増えています。ヨーロッパをみても、北大西洋条約機構(NATO)は、アフガニスタンの問題ではアメリカに同調して集団的自衛権行使に踏み切りましたが、イラクの問題ではその立場を取らず、アメリカの行動を容認しない国が増えました。こうして、世界中で、アメリカといっしょに戦争をしようという国がしだいに少なくなってきました。 アメリカは、世界に覇権を確立し、国益を追求するために、いっしょに戦争をする相棒の国を切実に求めています。そして、その役目を日本に果たさせようとしています。このたびの米軍再編の動きにも、そのことがはっきり現れています。 憲法第九条を変えて、集団的自衛権の行使へという動きも、憲法第九条を守ろうという動きも、世界のそういう状況の中で進められている動きです。 「九条の会」の運動が大きく広がっています。この目黒のネットワークも、その一つとして、がんばっておられます。 「九条の会」は、あくまでも九条の改憲に反対するという1点を一致点として、いろいろな考えの人が力を合わせるところです。だから、日米安保条約の廃棄を願う人も、自衛隊の廃止を願う人も参加しているし、また、日米安保条約を必要だと思う人も、自衛隊をだいじに思う人も参加しています。おたがいの考えを尊重しあいながら、第九条を守る運動を進めていくことがだいじです。 しかし、運動は、日米安保条約と日本国憲法との現実の関係に目を向けないわけにいきません。九条を守る運動のなかで、安保条約が強化されることの真実が語られることは、九条を守る力になります。いっしょに憲法第九条を守る運動を進めるなかで、日米軍事同盟の危険を訴えることを重視していきましょう。 トップページへ メールをくださる方は、ここをクリックしてください。 |